押本龍一 ― 私の出会う光景 ― : 第2回:冬を感じ始めたジョシュア・ツリーへ(後編)

西の空に傾きはじめた太陽の光は、花がない色が少ない季節の砂漠に色とコントラストを添えた。植物も岩も暖かい陽の光を受け、その色を深め立体感を強めた。陽の光を失う瞬間が近くなればなるほど、その美しさは増すばかりだった。
そんな遅い午後、私はパークブルバードと名付けられ、その名の通り公園内を大きく貫くように北と西のエントランスを結んだ道をさらに西へ走った。シルエットになりつつあるジョシュア・ツリーの森、その向こうには意図的にいくつもの岩を積み重ねて創ったような岩の山が見える。西の空を見渡すように堂々としてバランスよく座っている細長い岩が、その岩山にひときわ目立っている。その岩の上にロッククライマーの姿が見える。ロックククライミング目的でこの国立公園を訪れる者は多く、公園内には4500以上の確立されたルートがあると言われている。岩山の大部分が陰になっていたが、よく見ると数人のクライマーが岩陰に隠れて動いている。もうすっかり夕方になっていた。

遅い午後の光が小さな植物の輪郭を照らしだし、デジタルカメラがその光景を鮮明に捉えた。
左手前の日陰だがその質感を残すツリーは夕方であることを意識させる。

使用機材:SIGMA SD14 + APO 50-150mm F2.8 ⅡEX DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/200秒 | 絞り:F4.0 | 焦点距離:150 mm

横からの陽の光で質感を増した硬い繊維質で覆われているツリー。その幹をマクロレンズでシャープに切り取る。美しくぼけた背景のツリーは、ツリーの全体像を想像させる。

使用機材:SIGMA SD14 + MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F8.0 | 焦点距離:70 mm

右手前のツリーは岩山がジョシュア・ツリーの森の中にあることを認識させる。
大口径な望遠ズームレンズは、遠くにいるはずのクライマーをすぐそばにいるかのように、とてもシャープに捉えていた。

使用機材:SIGMA SD14 + APO 120-300mm F2.8 EX DG HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/400秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:186 mm

キャンプ場に寝泊りする者なら陽の光があるうちにキャンプサイトに戻り、夕飯の支度をする時間だったが、私にはまだキャンプサイトに戻る気はなかった。私にとって日没を迎える場所をさがすことは、夕飯の支度より気になることだった。
日没前後は砂漠地帯が最もドラマチックに変化し、美しい表情を目撃することができる。その光景を気に入った場所で迎えたかったのだ。
走って来た道を東へ引き返しながら期待感を持ってその場所をさがす。しかし、これと思う場所が車から見えないまま、無情にも太陽がどんどん沈んでゆく。辺りは刻々とその明るさを失いはじめ、太陽と共にする時間がほとんどなくなった頃、車を路肩に停めて砂地に入る。この日最後の陽の光を受けたロックが、でこぼこした表面にツリーの影を映し出しだす。
弓のように幹の曲がったツリーが日没前の暖かい陽の光に染まる。あまり期待もせず車を停めたスポットは、期待以上のものだった。車に戻り東に少し走ると大きな荒野が広がっていた。西の空にはまだ明かりが残っていたが、砂漠の地面はすでに真っ暗で明暗が強い日没になった。

岩にツリーの影が小さくおとなしく映っていた。日没前の暖かい陽の光に染まった岩の表情を克明に記録できた。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

自然にカーブしたツリーを見上げると月が浮かんでいた。

使用機材:SIGMA SD14 + APO 50-150mm F2.8 ⅡEX DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/60秒 | 絞り:F8.0 | 焦点距離:50 mm

美しいとしか言いようのない日没の瞬間、太陽に向かってただシャッターを切るしかなかった。 その瞬間をレンズは美しくしっかりと捉えていた。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/250秒 | 絞り:F8.0 | 焦点距離:24.2 mm

小さく写る月と1本のツリーが、大地と大空の大きさを語る。肉眼で見た月とツリーの距離感を捉えるには最適な焦点距離だった。空の微妙な明暗も忠実に表現できた。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/40秒 | 絞り:F4.0 | 焦点距離:24.2 mm

フィシュアイレンズで大きく歪んだ地平線は、言葉では表現しきれない大地の広がりを表現してくれた。

使用機材:SIGMA SD14 + 10mmF2.8 EX DC FISHEYE HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/20秒 | 絞り:F2.8 | 焦点距離:10 mm

いったん陽の光を失うと大気の温度が急に下がりはじめ、地面も冷たくなった。キャンプ場までの帰り道、日中、時折入れた車の冷房を暖房に切り替え、寒さで動きが鈍くなった手の指に温風を目一杯吹きかけ車を走らす。キャンプ場に戻ると、まずは薪に火をつける。勢いよく燃える薪はサイトを明るくし、今晩の夕飯であるパスタのお湯をストーブで沸かしながらチーズをかじり、赤ワインを開ける。この夜、焚き火は勢いよく燃え、私の体もよく暖めてくれた。乾燥した薪が燃えるのも早かったが、1本のワインを空けるのも早かった。焚き火で暖まった体の中を、冷たくなったワインが喉から胸の辺りに流れ込むのも気持ちいい。非常食用の甘いスナックも酒のつまみになった。食事を済ませ適度な酔い心地になり、焚き火と食事からの暖かさがまだ体に残るうちにテントの中に入り寝袋に潜り込み、寝ると決めて目を硬く閉じすぐに寝てしまった。少し寒かったが、風がなくテントに砂漠の砂が侵入する心配のない静かな夜だった。

燃える薪は明るすぎたのでキャンドルにフォーカスした。シルエットになったワインボトルは、私の姿を見ているようだった。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:400 | ホワイトバランス:オート | シャッタースピード:1/6秒 | 絞り:F2.8 | 焦点距離:24.2 mm

翌朝、前夜眠る前に寝袋の中で決めていた通り、まだ暗いうちに起きカメラバックを肩にかけ、テントから飛び出す。柵などの仕切りはなく、どこまでも続いている海抜4400フィート(1341メートル)、サイト数124個あるキャンプ場には、太陽が昇る前、人影はない。私は大きな岩の上に立ち、陽の光を待った。少し冷え込んでいるが、その冷え込みに耐えるため特別なエネルギーを用意するほどではない朝、太陽が地平線からゆっくりと顔を出すと、眠っていた周囲のジョシュア・ツリーが、いっせいに起きだしたように感じた。

ツリーの枝の間から差し込む朝日に元気をもらう。肉眼では直視できない強い逆光に、大口径レンズを果敢に向けてシャッターを切る。

使用機材:SIGMA SD14 + APO 50-150mm F2.8 ⅡEX DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/500秒 | 絞り:F7.1 | 焦点距離:116 mm

大きな岩にも陽の光が当たりだし、朝日はジャンボロックに私の影を映し出した。その光景は、13年前にこの地にはじめて足を踏み入れフィルムカメラに収めた光景、東の空に雲ひとつない快晴の朝にしか映らない光景、この旅で一番出会いたかった光景だった。

一日の幕開けのドラマを感じた光景。私の影、暖かい朝日の色、青い空、その全をフィシュアイレンズに写し込んだ。

使用機材:SIGMA SD14 + 10mmF2.8 EX DC FISHEYE HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/80秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:10 mm

見たかった光景をカメラに収めた私は、珈琲も沸かさずテントをたたみキャンプ場を後にした。年輪がなくその樹齢を知ることが難しいが、年に約1.5インチ(3.81cm)成長することからその樹齢を推定することができると言われるジョシュア・ツリー。公園内で一番背の高いツリーは、樹齢300年、約40 フィート(12.2m)の高さがあると公園の資料にあった。そのツリーの森の中をゆっくりと西へ走る。ビックホーン・シープがよく現れるというスポットに立ち寄り、少し奥まで入りその時を待ったが、その幸運は来なかった。

すれ違う車もない静かな朝、道の真ん中でシャープな写真が撮りたかった。一昔前なら三脚に大型カメラを載せて撮影した景色だが、DP2は私の想いを容易に表現してくれた。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F9.0 | 焦点距離:24.2 mm

ビックホーン・シープは見なかったが、動物の頭のような岩を撮った。

使用機材:SIGMA SD14 + APO 120-300mm F2.8 EX DG HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/640秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:209 mm

車に戻りマップを見ると、今立ち寄ったスポットから繋がっているように見えるビックホーン・パス・ロードをいう道を発見した。その道は、ベイカーダム付近まで繋がっている。ベイカーダムは、1900年ごろ家畜と鉱山のため造られ、現在は降雨の際にその雨水が溜まり、野生動物の水の供給源になっていると説明されている。そこなら水を飲みに来たビックホーン・シープを見ることができるかもしれない。そう思った私は車をそこへ走らせた。パーキング場には数台の車が停まっていた。短いトレールをダムまで水を期待して歩いたが、そこで水を見ることはなかった。ビックホーン・シープの姿もどこにもなかった。水泳禁止のサインにカメラを向けていると、濃い黒のサングラスを掛けた白人女性が歩いて来た。
「水はないよ」と、私が言うと、女性は「おもしろいわね」と、笑いながら答え、水がない水泳禁止区域へ連れの男性と歩いて行った。

木陰に隠れ逆光で撮る。枯れたユッカが呼んでいるように鮮明に輝いて写っていた。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F9.0 | 焦点距離:24.2 mm

青い空の下、枯れていても存在感があったユッカの花がリアルに撮れた。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:S-シャッター速度優先オート | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F8.0 | 焦点距離:24.2 mm

禁止のサインは、水がないから水泳が出来ないよ、と言われているようだった。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F13.0 | 焦点距離:24.2 mm

人が造ったコンクリートと自然が創った大きな石が融合した光景。シャープなモノクロ写真にしてみた。コンクリートと石の表面のディテールが美しく表現された。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:S-シャッター速度優先オート | ISO感度:50 | ホワイトバランス:モノクローム | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F13.0 | 焦点距離:24.2 mm

北のエントランスから公園に入った私は、西のエントランスから公園を出た。トゥエンティナイン・パームス・ハイウェイへ繋がる道は、ブレーキを頻繁に踏まないとスピードが出すぎる下り坂だった。道沿いにいくつか並んでいた郵便受けが目を惹いた。

郵便受けがある道から200,300メートルぐらい離れている家も多い。フレームの端に入れてフォーカスした木の道標の質感が切れ味よく写りこみ、適度にぼけた背景はその存在感を後押しする。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/250秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

暑い夏が来る前の春は、花も咲き訪れるにはベストシーズと言われている。しかし、シーズンオフで人も少ない冬を感じ始めたジョシュア・ツリーもなかなか良かった。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ(X3F)を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。

押本 龍一
プロフィール

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。
84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、 広告写真スタジオで働き始める。
91年フォトグラファーとして独立。
95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。
エンターテインメント関係の撮影中心。
近年はライフワークである旅写真に力を入れている。
趣味は旅と山歩き。
オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

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