押本龍一 ― 私の出会う光景 ― 第16回:8月のレッドウッドコースト(前編)

朝の6時半、宿の部屋のドアを開け、外に出てみると空はどんよりと薄暗かった。宿のロビーで、プラスチック製のルームキーを返し一杯のコーヒーを飲み、サンフランシスコからハイウェイ101を約270マイル(430km)北上した街、ユーリカ(Eureka)を後にした。
夏とは思えない低い気温と霧雨の中、ハイウェイ101を北に30分ほど走り、海沿いの人口わずか311人(2000年度)の小さなタウン、トリニダード(Trinidad)でハイウェイを降りる。海岸の方に向かって少し走ると、曇り空と霞んだ湾を背景に、赤い屋根が目立つ小さな灯台に行き着く。トリニダード港に停泊している小さな船や桟橋が見下ろせる断崖に建てられた灯台は、少し先の岬にある灯台のレプリカで、この小さなタウンを訪れる人は、赤い屋根の灯台を見逃すことはないと思う。
ここからトリニダード港を回り込むようにして下り、土の駐車場に車を停め桟橋まで歩く。桟橋の手前には小さなレストランがあり、ジャケットを着込み朝食を食べる人の姿が、室内と外の温度差ですこし曇っているガラス越しに見える。
カモメの鳴き声が響き渡る以外、物静かな桟橋に出てみると、木の桟橋の上は湿っていて滑りそうだった。ゆっくりと桟橋を歩きはじめると、釣り人を乗せた船が港に戻って来た。「ありがとう、また来年も来ますよ」と、釣り人の女性客の通る声が桟橋の下から聞こえてくる。7,8人の釣り人が船から降り、桟橋まで上ってきて、満足げな笑顔しながら桟橋を去って行った。その笑顔から、今朝はたくさんの魚が釣れたに違いないと思った。私が桟橋の先端まで歩いて行き湾を眺めていると、釣り船の乗務員が、家族と話す大きな声が海面から聞こえてくる。この小さな港での話し声は、何一つ隠せず全て聞こえてくるようだった。

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1949年建立。海で命を落とした人のメモリアルは、トリニダード岬にある灯台と同じサイズ。
実際に使われていたフレネルレンズ(Fresnel Lens)が、灯火室(Lantern Room)に設置され、その横にはオリジナルのフォッグベル(Fog Bell)が木枠から吊るされている。

使用機材:SIGMA DP1s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/80秒 | 絞り値:F7.1 | 焦点距離:16.6 mm

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桟橋に、白い看板に赤いペンキで書かれた数字の5が目を惹く。しっとりとして物静かだったこの日の桟橋の空気感と苔が生えた看板が、シャープにそしてリアルに描写された。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/160秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:70 mm

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どんよりと曇った空の下、波のない海面と湿ったデッキを桟橋から見下ろしていると、釣り船が戻ってきた。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:8 mm

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海との出入り口でもある桟橋に、海上で使われている確かな証拠を感じるボートが置かれていた。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/80秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

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桟橋には、海の恵みを得る様々な道具を見かける。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/80秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

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海の匂いが染み込んだ桟橋の先端と小さな船が停泊する湾を、超広角ズームレンズで写しこむ。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/80秒 | 絞り値:F11.0 | 焦点距離:9 mm

桟橋から駐車場に戻ると、犬と散歩をしていた初老の男性が、私のカメラを見て話しかけてきた。彼は、目の前の小山を登るとトリニダード岬から太平洋が望め、全体は見えないが灯台の頭の部分の写真が撮れることを教えてくれた。
私は、彼から聞いた通りに岬につながる小山を登り始めた。急な坂道を少し登ると桟橋と港が見下ろせ、トリニダード港の様子がよく分かった。さらに10分ほど歩くと、数人の消防士にすれ違う。桟橋近くに消防車が1台泊まっていたが、この朝はトレーニングのために港に来たようだった。1人の若い消防士に、灯台はどこから見えるのか尋ねると、彼は親切にも、歩いて来た道を50メートルほど戻るようして、灯台が見えるところまで私を案内てくれた。そこにはやっと二人の人間が立てる小さな木のプラットフォームがあり、少し前に見た赤い屋根のレプリカのモデルである本物の灯台の灯火室(Lantern Room)だけが見えた。全体像は見えなかったが、太平洋を背景にした小さな灯台の存在は大きく感じた。

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少し前に歩いた桟橋はとても丈夫そうに思えたが、上から見下ろすと、大きな波ならもろく壊れそうな小さな模型のように見えた。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 18-250mm F3.5-6.3 DC OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:95 mm

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1871年12月1日に初点灯され、1974年から自動灯台となったトリ二ダード岬の灯台(Trinidad Head Lighthouse)。
霞んだ岸壁に立つ灯台までは、距離があったが、デジタルカメラは、灯火室の雰囲気をしっかりと写し出した。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 18-250mm F3.5-6.3 DC OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/80秒 | 絞り値:F11.0 | 焦点距離:250 mm

トリニダード岬からの太平洋を望んだ後、ハイウェイ101を北上すると、海と陸の間にいくつかのラグーンが存在していた。海岸沿いは、ハンボルト・ラグーン州立公園(Humboldt Lagoons State Park)州立公園になっていて、手付かずの自然が残されている。ラグーンでは、ボート遊びや釣りをする人の姿を見かけたが、大きなラグーンに人が小さく見えた。

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波のないBig Lagoonでは、静かに読書をする人や釣り糸を垂らしている人を数人見かけた。
この日のラグーンは、ほとんど無風でおとなしい風景だった。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/200秒 | 絞り値:F11.0 | 焦点距離:203 mm

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ラグーンでボート遊びをする人が利用するデッキの上を歩いてみると、水の上に浮かぶ木の音がした。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/800秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:30 mm

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海岸は霞んで、遠くまで見えない。
釣り人は、海岸を独り占めしているようだった。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F11.0 | 焦点距離:203 mm

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灰色の曇の下、濃い緑を背景にした白い花は一際目を惹く。よく見かけた白い花は、カウパースニップ(Cow Parsnip)と思われる。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F9.0 | 焦点距離:70 mm

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これ以上近づくと、水の中に潜ってしまいそうだったStone Lagoonで見かけたアザラシ(Seal)。
肉眼ではよく見えないアザラシの表情を、超望遠ズームレンズはシャープに捉える。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F9.0 | 焦点距離:500 mm

ストーン・ラグーンから少し北に走ると、レッドウッド国立公園内の管轄に入り、海岸線に建てられた大きなビジターセンター(Kuchel Vistor Center)に立ち寄った。既に午後の3時を過ぎていたので、今日できることをパークレンジャーと相談した私は、ファーン・キャニオン(Fern Canyon)を歩くことにした。ビジターセンターからは、ハイウェイ101は海岸から離れていき、オレック(Orick)という小さなタウンを通り過ぎ、ハイウェイから海岸(Gold Bluffs Beach)に繋がる道に入る。
海岸沿いまで来ると砂浜に大小のテントが見え、間もなく道は行き止まりなり駐車場になっていた。私は車から出ると、しっとりとした濃い緑の世界、Fern Canyon(シダの渓谷)に足を踏み入れ歩き出した。Fernとはシダという意味だが、その名の通り、渓谷はシダに覆われていた。クリークに足を取られないように慎重に歩く。大きく息をすると、渓谷のみずみずしい酸素が体に染み渡り、心も体も潤う。

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Fern Canyonは、うっそうとした森の中を流れるクリークを行くトレール。 コンパクトデジタルカメラを三脚に乗せて、美しい緑の渓谷をしっかりと記録した。

使用機材:SIGMA DP1s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/13秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:16.6 mm

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どこからともなく湧き出る冷たい水が、渓谷に生息する植物の間を静かに流れ落ちる。
気に入ったアングルから、デジタルカメラを三脚に固定して撮影。水滴と空からのフレアーが入る撮影環境だったが、 コントラスト、シャープネスを大きく上げると生きた写真になった。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/50秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:70 mm

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渓谷を覆うシダ、倒れた木に生息する苔。
全てが調和し生息している。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/5秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:70 mm

Fern Canyonからハイウェイに戻る直前に大きなエルクを見かけ、追いかけようと車から出たが、すぐに森の中に姿を消した。この夜は、通り過ぎた近くのタウン、オレックで宿泊することも考えていたが、まだ日があるのでハイウェイ101を北上し、レッドウッド国立公園内を通り抜けて、約40マイル(64km)先のクレセント・シティーで宿を探すことにし、ハイウェイを北へ走った。走りやすいハイウェイが、クラマス川(Klamath River)を渡る頃、この日初めての太陽の光が射しこむ。
ハイウェイから陽の光を浴びたクラマス川と、黄金色の染まる森が美しく見える。現在のオレゴン州の南に住んでいた先住民クラマス族から、その名前が由来するクラマス川沿いの道を内陸に少し走り、川と森が良く見えるスポットを見つけ、しばらく美しい風景を眺め尽くす。

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日暮れ間じかに見かけたエルク。影になりよく見えなかった。 モノクロにして、その時の臨場感を表現した。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F6.3 | 焦点距離:332 mm

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海岸線の森の間を流れるクラマス川。 黄金色に染まる森が、輝いていた。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

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水平線上に雲が切れ、太平洋が明るくなった。
夏のレッドウッドコーストは霧に包まれることが多いが、明日の晴天を期待した。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/100秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

クラマス川からは明るくなった海岸線を一気走り、クレセント・シティーに到着すると、西の空はまだ雲が切れていて陽の光が漏れていたが、日没までもう余り時間が残されてはいなかった。
夕陽に輝く漁船が、港に見えていた。私は港に立ち寄り、そこで日没を迎えた。太陽が沈むと気温は下がり、辺りは急に暗くなった。

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港に停泊している漁船の窓を夕陽が染める。
コンパクトな高倍率ズームレンズで、一日の終りを捉えた。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 18-250mm F3.5-6.3 DC OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:50 mm

オレゴン州との州境の港町、クレセント・シティーの夜は、8月とは思えないほど冷え込み、すぐに見つかった宿の部屋では暖房を入れた。夜遅くベッドに入り目を閉じると、港に響く霧笛の音が、心地よく聞こえてきた。
そして、明日の朝も港に行こうと決めていた。(後編へつづく)

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ(X3F)を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。

押本 龍一
プロフィール

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。
84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、 広告写真スタジオで働き始める。
91年フォトグラファーとして独立。
95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。
エンターテインメント関係の撮影中心。
近年はライフワークである旅写真に力を入れている。
趣味は旅と山歩き。
オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

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