押本龍一－私の出会う光景－第124回：暖かかったパロスバーデス半島の冬の日

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

海面を動き回るサーファーが小さく見える湾を眺めていると、サーフボードを持つ2人の中年サーファーが海岸に向ってトレイルを下る後姿が見えた。私は、海面に浮ぶサーファーとトレイルを歩くサーファーをバランスよく撮り込めるチャンスが来ると思い、ぎりぎりまでその時を待ち高倍率ズームレンズですばやくフレーミングしてその一瞬を切り取った。

1月下旬、LAから日本へしばらく行くことが急に決まる。夜の便で日本へ旅立つ日の朝、真っ赤な朝焼けを見て、私は海岸線で日中に太陽を浴び、長時間のフライトと寒い日本の冬に備えようと思った。

見事な朝焼けだった。1本の飛行機雲と空を飛ぶ2匹の鳥に、この日の夜遅く旅立つ自分の姿を見たような気がしてカメラを取りに家に戻る。

温暖な南カリフォルニアにしては寒い日が続いていたが、この日は陽が昇ると気温が上がった。私は、まだ朝の空気感が漂う太平洋に突き出したパロスバーデス半島へ向った。何度も訪れてよく知っているつもりのパロスバーデスは行く場所が限られていて、写真を撮りに出かけたことも今までなかった。この日はポイント・ヴィセンテ灯台周辺まで、海岸線を急がず焦らずゆっくりと散策しようと決め、レドンドビーチからパロスバーデスに入りマラガ・キャニオンを越え海岸線に出た。

学校の敷地のようだが、公園にも見えるグランドに立つバスケットボールのゴール。青いサンタモニカ湾を背景にしたバックボードは肉眼では真っ白のボードに見えたが、記録された画像にはザラザラしたペイントのディテールまで読み取れる。

海岸の崖の上からきれいなプールが見えた。ホテルのようにも見えるが、アスレチッククラブのようでこの時プールサイドに人影はなく、波の音だけが聞こえていた。

アスレチッククラブに置かれたサーフボードに陽が差し込む。立てかけられたボードは縦位置がしっくりきた。

知人の結婚式に出席したこともある海岸線の教会。海岸線にある建物と内陸部にある建物とは写真にしてもその違いが感じられるのは不思議なことだが、周辺の空気感を写しだすのも写真の力だと思う。

海岸線の崖上の草にサーフボードが置かれていたが、サーファーの姿は見なかった。大口径標準レンズでサーフボードにフォーカスした画像は、周辺の草の1本1本がシャープに読み取れる。

海岸線の教会からブラフ湾がよく見えるフラット・ロック・ポイントまで南下した。海面には、大きなサーフボードの上に立ってパドルを漕ぐスタンドアップパドル・サーフィンと普通のサーフィンを楽しむ人が小さく見えた。

大口径望遠ズームレンズをしっかりとホールドし、サーフボードを持ちブラフ湾の海岸まで歩き下るサーファーの後姿をフラット・ロック・ポイントから追う。大きなレンズを持つ私は目立つようで、海岸を通る車はこちらを見ながら通り過ぎて行く。

サーファーを見ていた私は、海岸線を気持ち良さそうに飛ぶ三匹のペリカンを追い、フォーカスした。

ブラフ湾を見下ろせるポイントに立つ。この時湾の海面には8人のサーファーが浮んでいた。

ブラフ湾からさらに南下して太平洋が一望できる住宅地をゆっくりと通り、この日の目的地であるポイント・ヴィセンテ灯台に到着する。ヴィセンテ岬に建つ灯台の周りにはフェンスがあり近づけなかったので、灯台の少し北にある「ポイント・ヴィセンテ・インタプリティブ・センター」に立ち寄ってみると、1階建ての建物のテラスにはクジラが海面に出るのを待つ人々がいた。私はいつ見られるか分からない鯨を陸で待ったことはなかったが、今日だけで20頭のコククジラが見られたと書き込まれたボードがあったので、毎日クジラを観察しているという女性の横に立ち海面を眺めてみた。女性は無線で仲間と連絡を取り合いながら望遠鏡で海面を観察し、クジラを見つけると私に教えてくれた。1時間半ほどで2頭のクジラを見ることができたが、まだ子供だというクジラは海面からほんの少しだけ体を見せただけで、私独りで広い海を見ていたら全く気がつかなかったと思う。

太平洋に気を取られていたが海岸線を歩く足元にも被写体があった。座標系を管理している米国連邦機関のものだと思われるマーカーに、高倍率ズームレンズで真上から寄って撮影。

太平洋が霞んで見える幻想的な背景に海岸線を犬と散歩するカップル。

「ポイント・ヴィセンテ・インタプリティブ・センター」には、確認されたクジラの数が書き込まれたボードが立てかけられ、しばらく海を眺めたくさせた。

沖に浮ぶ船は見えるがクジラはなかなか姿を現さない。それでものんびりと観察を続ける。

やっと海面にその姿を少しだけ見せたクジラ。大きな大口径望遠ズームレンズを持ち、その一瞬を逃さずに撮れたのはかなりラッキーだった。

ヴィセンテ岬に建つポイント・ヴィセンテ灯台は、1926年に建てられ国家歴史登録財に指定されている。35km離れたサンタ・カタリナ島が霞んで見え、午後4時になると高さ20mの灯台はシルエットになりはじめた。

ヴィセンテ岬から少し南のリゾートホテルが建つロング・ポイントまで海岸線を歩き、ヴィセンテ岬に再び戻ると、西の空も海も真っ赤に染まっていた。陽が出ていると冬だとは思えない暖かさだったが、陽が沈むとさすがに海風が冷たく感じた。

リゾートホテルの下の海岸まで下りていく。意外に殺風景な岩場に出ると、オレンジ色に染まった海岸に周囲と全く違う存在感がある、錆びて朽ちた鉄パイプがありレンズを向けた。

夕陽光る太平洋と漁船。どこまでも続く海を縦位置で撮影し、日の終わりが近づく光景をセピア調にした。

夕陽に染まった海を背景に黄色い花がシルエットになる。冬とは思えない光景だった。

ヴィセンテ岬に戻ると海面も赤く染まっていた。カメラをフェンスの上に置きスローシャッターで撮影。

1時間半前に見た風景は夕陽に染まり、別世界に見えた。

冬とは思えない暖かい一日は、美しい朝焼けに始まり赤く染まった夕陽に終わった。狭い場所と人混みが苦手の私にとってこの日海岸線で過ごせたことは、長いフライトを前にしてとても幸せなことだった。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。