押本龍一－私の出会う光景－第164回：Zzyzx Road

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

ビックホーンは朝陽に輝く岩の斜面を駆け登り、向こうの渓谷へ消える直前、一瞬立ち止まった。私は超望遠ズームレンズを最大に伸ばし、その瞬間を捉えた。

フリーウェイ（I-15）上で、カリフォルニアとネバダの州境の南約109㎞地点に「Zzyzx Rd」という出口があり、変わった地名だから見覚えがある人も多いだろう。昔のテレビニュースをネット上で見てみると、アナウンサーが、「ザイゼックス」と発音しているように私には聞こえる。この道は広大なモハベ砂漠保護区の北西端に位置するが、保護区内の幾つかの車道とは繋がっていない。普通車で保護区の中心地から来るにはいったん保護区から出てフリーウェイ（I-15）を経由する必要があるから孤立している。私はフリーウェイ（I-15）をよく使うが、ここを走る時はいつも先を急いでいて時間的に余裕がなく、この道を今まで一度も走ったことがなかった。しかし、最近になって道の果てにあるヘルスリゾート地跡に興味を持ち、10月初旬、「Zzyzx Rd」に向かった。午前2時半に家を出てフリーウェイを東へ走って来た私は、ジョシュア・ツリーの森で日の出を迎えるため、「Zzyzx Rd」を通り越し、更に52㎞北東へ走りシーマ・ロードでフリーウェイを下り保護区に入った。

風もない穏やかな朝、ジョシュア・ツリーと共に迎えた日の出。強い朝陽に生命力を感じた。

日の出を迎えたシーマ・ロードからフリーウェイに戻って南西へ52㎞走り、「Zzyzx Rd」でフリーウェイを下りた。フリーウェイの上にかかる橋を渡り、フリーウェイと少しの距離だけ並行して走り南西へ向かった。5㎞ほど走るとくねくねとした曲がりに入り、西の岩山と東の干上がったソーダ・レイクの間を走り、景色は変化に富んでいた。ソーダ・レイク湖岸の湿地帯には小さな鳥が集まりしばらく鳥にレンズを向けていると、岩山の方からコトンコトンと音がした。岩山を見上げると、ビッグホーン・シープが岩場を歩いていた。近づいて撮影したかったが、私に気付くと岩山を登り越えて向こうの谷へ消えて行った。

ここから南西へ向かう。いよいよ「Zzyzx Rd」のはじまりだ。

ソーダ・レイク湖岸の湿地帯と霞んで幻想的な山々。

逆光気味だったが、頭を動かし目に朝陽が入ったその時を逃さず、超望遠ズームレンズを活かしてシャープに捉えることができた。

私に気づき、徐々に距離を大きくしながら岩山を駆け登って行ったビックホーン・シープ。

岩山を登り越え、向こうのキャニオンへ移動したビックホーン・シープ達。周囲の岩や土と同じような色なので、よく見ていないと見失った。

岩山と乾燥湖の間を走る「Zzyzx Rd」。

乾燥した土地に草木を見ると嬉しい。この辺りは岩山の影響のためか、細かい黒い石に覆われていた。

「Zzyzx Rd」を約7.5㎞南下すると、パームツリーが立ち並ぶ砂漠の研究センター（Desert Studies Center）に到着した。ここから先に入るにはマネージャーの許可が必要と書かれてあり、手前の1台の車も見ない大きな土のパーキング場に車を停めた。元々ヘルスリゾート地で、1976年以来、カリフォルニア州立大学が施設の一部を引き継いで管理している敷地内に歩いて行くと、フィールドスタディのためか、大学生のグループがどこからか戻って来た。

「Zzyzx Rd」の先に、パームツリーが立ち並ぶ道があった。

きれいな池の前にブランコがあり、ここだけ見るとリゾートホテルに来たようだ。

道のサインもリゾート感覚だ。

パームツリーが立ち並ぶ「Blvd of Dreams」を東へ歩いて行くと、小広場に突き当たった。その南側は研究センターに使われず建物施設は朽ちかけていた。自称医師で、1930年代にはピッツバーグで人気の伝道師だったカーティス・ホウ・スプリンガーは、1944年、モハベ砂漠の東に「Zzyzx Mineral Springs and Health Resort」を設立した。しかし、鉱山事業として土地申請をしていたスプリンガーは、1976年に政府から立ち退きを命じられた。癌に効く等の健康食品販売もしていたが、偽装宣伝や政府の土地を違法に使用した罪で、短い期間だが収監もされた。販売した健康食品は効き目があったかどうかは別にしても、廃墟となった施設を見る限り、かなり本格的なヘルスリゾートだったように思える。

今は干上がったソーダ・レイクにかつて水があり、使われたボートだろうか。

ジャクージか小さなプール？は最近ペイントされたようにも見える。

ソーダ・レイクを見ながらここでくつろいだのだろうか。

訪問客はここに浸かったのだろう。少し手を加えればまだ使えそうにも見える。

時の経過が感じられる錆びたドア。

ここまで朽ちてしまうと、修繕は難しいかもしれない。

朽ちていたヘルスリゾート施設のさらに南には、もう使われていない宿泊施設が残っていた。干上がったソーダ・レイクに出て宿泊施設周辺を眺めると、客のいる砂漠のリゾートホテルに見えた。朽ちかけた部屋に入ると、明るい光が窓から差し込んでいた。人口的な音が聞こえて来ないのが気に入り、部屋を修復すれば宿泊したいと思った。

干上がったソーダ・レイクから見ると、まだ立派な砂漠のリゾートホテルだ。

ソーダ・レイクの地面。かつてここにも水があったのだろうか。

部屋のドアは東に面しているから、朝ドアを開ければ朝陽が差し込むだろう。

部屋の鏡にソーダ・レイクが映り込む。

宿泊客は窓から日の出を見たことだろう。

目的だったヘルスリゾート跡を見た私は、パームツリーが立ち並ぶ「Blvd of Dreams」に戻り、青い空と山とパームツリーが映り込む池の横を通り、「Zzyzx Mineral Springs and Health Resort」跡から「Zzyzx Rd」に戻り、フリーウェイへ向かった。

噴水のあるこの池は人工的につくられたようだが、周囲の風景が見事に映り込んでいた。

朝、ビッグホーン・シープを見かけた岩山にはもう影はなく、気温も上がっていた。

カーティス・ホウ・スプリンガーが設立したヘルスリゾート施設の一部はカリフォルニア州立大学が引き継ぎ活用されているが、メインになった部分は朽ちていた。スプリンガーは88歳まで生き、1985年にラスベガスで亡くなった。彼が、英語で最後の単語になるようにと名付けた「Zzyzx」とういう地名は、これからもフリーウェイ（I-15）を走る多くの人の目に触れていくことだろう。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。