押本龍一－私の出会う光景－第188回：富山県牛岳周辺を拠点とした旅

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

牛岳温泉スキー場のセントラルゲレンデ頂上付近は「赤とんぼ広場」と呼ばれ、秋には赤とんぼが飛び交う。白い虫取り網が置かれ、老夫婦が富山平野を見渡す後ろ姿は、秋晴れの日に相応しい光景だった。

「二日間のイベントの記録で富山県に行くけど同行しないか？」と友人から誘いがあった。イベント中は写真を撮る時間はないと思うけど、その前後なら周辺の景色を撮る時間があると言う。9月下旬、日本各地に興味がある私は、友人らと新幹線で富山へ向かった。イベント二日目の朝は時間があったので、宿泊した牛岳麓のホテルから牛岳温泉スキー場のゲレンデ頂上まで車で上った。24年前に亡くなった富山出身のＳさんの言葉「富山の空は鉛色」を打ち消すような秋晴れで、赤とんぼをそこら中に見かけた。

牛岳温泉スキー場のゲレンデ頂上付近で見かけた古い鳥居と祠。彩度を落とし朽ちかけてもなお力強さを感じる鳥居を描写した。

友人の記録するイベントは、富山県富山市八尾町で毎年9月1日から3日間行われる「おわら風の盆」という富山県を代表する祭りを、旅行会社と八尾町が協力して再現し、本祭より小規模に行われるものだと説明を受けた。全国的に有名になった本祭を見に来る観光客の数はものすごく、身動きが取れないほどの大混雑になるとも聞いた。イベント初日は時間がなかったが、二日目は時間があったのでカメラ1台にレンズ3本が入ったバックを背負い、八尾町へ出かけた。イベント前、井田川に掛かる禅寺橋を渡り、禅寺坂を上って町を散策した。八尾の名は、飛騨の山々から富山へのびる八つの山に開かれたことに由来すると言われ、町を歩くと確かに山々へ繋がっているように感じた。「日本の道100選」に選ばれている諏訪町本通りには魅力的な被写体が沢山あり、数分だったが思いがけなくイベントも少し撮影できた。

禅寺坂の玉石の石垣は印象的だった。一つひとつ玉石の存在感は、西からの遅い午後の光によってさらに強まっていた。

町の南から城ヶ山公園へ続く階段。山々というより天へ続くように見えた。

木造建ての小さな公民館に木の温もりを感じ、モノクロ・溫黒調に仕上げた。使用したレンズのシャープさは是非等倍で見てもらいたい。

浄土真宗本願寺派の専能寺に夕陽が差し込む。背後に森が控え、神聖な空気が流れていた。

諏訪町本通り沿いの民家はこの土地の風土に合った無駄のない造りに見えた。派手な色のない白と黒を基調にした民家はモノクロが似合う。

諏訪町本通りの工芸品のお店を道から撮影した。釘を使わない「さしもの」とよばれる手法の工房のようだ。

空に月が出てきて情緒がさらに増した八尾町。晴れの日で本当に良かったと思った光景だった。

町流しと呼ばれ、男と女が町を踊り歩き、三味線、胡弓、太鼓の伴奏、それに囃子方の囃しが続く。三脚禁止なので電信柱にカメラを押し付け、スローシャッターで躍り手の流れるような動きを描写した。

イベントが終わった翌日の朝、私は友人とそのスタッフをホテルで見送り、午後遅くまで富山に残った。思いがけず富山市在中の友人がホテルまで迎えに来てくれ、周辺を案内してくれることになったのだ。私は友人に牛岳山頂へ連れて行って欲しいと頼んだ。山頂付近の駐車場までの道は、覆い茂った草が道を狭く感じさせ、思ったより時間がかかった。数台の車しか停まれない駐車場に到着すると、小学生が下から歩いて登って来たところだった。牛岳頂上まではいいハイキングコースがあり、車で上がって来るにはもったいなかった。車から下り少し登ると比較的新しい鳥居があり、さらに登ると南砺市にある高瀬神社の奥宮が待っていた。地図では牛岳展望台と記され、360度のパノラマが見渡せ、富山の友人も感動していた。

神聖なエリアに入ったと感じさせる鳥居。気持ちのいい空気が流れるここは、モノクロ・冷黒調に仕上げた。

砺波市の旧庄川町と富山市の旧山田村の境界に牛岳大明神の祠が建っている。三角点ピークがある標高987mの本当の頂上はここから西へ少し行った所だが、高さはほとんど変わらず眺めはここの方が断然いい。

頂上付近で見かけた赤とんぼ。標準ズームレンズでここまで迫れるとは思わなかった。等倍で見るとトンボの体全体が隅々まで観察でき、その描写力の高さがよく分かる。

牛岳頂上から下る途中、来た道から逸れて西へ行くと長さ1145mの牛岳トンネルに入った。真っ暗なトンネルを出ると砺波市で、近くにクリークが流れ展望台が建っていた。滝があるとのサインを見たが、滝は見つからず引き返した。立派なトンネルと展望台を利用する人は年間何人ぐらいいるのか分からないが、人気のない場所だった。

下から声が聞こえて来たので見下ろすと黄色い帽子を被った小学生が登ってきた。

砺波市側から見た牛岳トンネル。周辺は緑濃い森でトンネル内は真っ黒。色調を緑にしたモノクロでちょっと怖いトンネル周辺を描写した。

近くにあるはずの滝を求め歩き始めるとクリークに小さな橋があったが、橋の向こうには道は見えなかった。

トンネルを引き返して富山市側に戻ると東屋があった。そこは草木が生い茂り、人が入って行けそうもない場所だった。そこからは探していた滝とは違ったが、微かな水の流れが遠くに見えた。

牛岳頂上からコスモスが一面に咲く夢の平スキー場へ移動したが、まだ花はほとんど咲いてはいなかった。その途中、道路から見えた石仏に惹かれ、真言宗の千光寺に立ち寄った。森を控えた境内は神気に満ち、気軽に歩く感じではなかった。その後、富山駅へ向かう前、古墳好きな友人が羽根丘陵にある王塚古墳に連れて行ってくれた。

国道359号線から並んだ石仏が見えた。この石仏に導かれて境内へ入る人も多いと思う。

境内とその横の畑の間に色鮮やかな彼岸花が咲いていた。

奥の山門まで石灯籠が立ち並ぶ千光寺の参道。山門まで歩くと厳粛な気持になる。

砺波市指定文化財の観音堂。

山門の手前にある石仏は森と一帯となり、静かに参拝客を見守っているようだった。

夢の平スキー場ではコスモスの代わりに蕎麦の花を見た。飛び回っていた蝶（ツマグロヒョウモン）を追い、花に止まる時を待ち撮影した。

標高の高いスキー場ではコスモスの花見にはまだ早かったが、民家の建つ道路脇にはよく見かけた。

全長58mの前方後方墳。後方部は、幅33m、長さ31m、高さ7.6m。前方部は、幅26m、長さ27m、高さ3.6m。古墳は撮る位置を考えないとただの小山に写る。

今回の旅は、宿泊したホテルがある牛岳の麓から変則的に動いたが、行く先々で富山の風土に出会えた。富山の友人の話しは時空を越え、起伏の激しい景色のようにドラマチックだった。友人に刺激を受け帰宅後富山について少し勉強したので、次回富山に来る際はもっと深い写真が撮れるかもしれないが、凝りすぎて訳の分からない写真を撮るかもしれない。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。