シグブラ
第9回:ほろ酔いで甲斐路ブラブラ

ほろ酔いで甲斐路ブラブラ

May 31, 2013

最近、東京から列車に揺られて1時間ちょっとの甲州・勝沼に通っている。盆地特有の気候と明るい日射し、美しい葡萄畑とそれを取り囲む蒼い山々、そして歴史的な名所の数々が魅力的だからだ。もちろん美味しいワインも重要な目的のひとつである。

中央本線の勝沼ぶどう郷駅に降り立つと自分が盆地の縁にいることがよくわかる。駅舎前から見ると、石和~甲府方面にかけてグッと地面は高度を下げ、周囲の山々(雪を戴く南アルプスや金峰山・五丈岩がとても美しいのだ!)に守られているのが確認できるだろう。斜面には甲州の名物・葡萄の畑がどこまでも拡がっていて、遠くには秋の祭りで火が点される鳥居の模様が目に入る。標高は500メートルほどだが太陽を近く感じ、スカッとヌケが良く透明度の高い写真が撮れるのが嬉しい。

駅から線路沿いに東京方面に歩くと、「大日影トンネル遊歩道」がある。これはかつての中央本線で使われていたもので、新トンネルの開通に伴って人が歩ける遊歩道として公開されているものだ。トンネル全長約1.4キロを開通当時の線路やレンガ、水路などをじっくりと見学しながら歩くのが楽しい。抜けたところにはトンネルワインカーヴがあり、天然のワインセラーとして活躍している様が見られる。トンネル内のヒンヤリとした空気や、歴史を感じさせるレンガ積みはいつ来ても新鮮だ。

盆地の底に向かって歩いて行く。左右は葡萄棚が拡がり、お洒落な小さなレストランやワイナリーが時折現れる。ひとしきり歩くと旧甲州街道に出るはずだ。勝沼宿の趣を残す建物が迎えてくれる。

街道沿いは美しい。いにしえの粋と、近代の粋がほどよくミックスされ、訪れる人の心をリラックスさせてくれる。たまにすれ違って会話を交わす地元の人々も明るくとても親切だ。

旧田中銀行博物館に入る。ここは「藤村式建築」と呼ばれる擬洋風建築で、国の登録有形文化財に登録されている建造物だ。珍しい昇降式の照明、八角柱や陶器のトイレなど見所が多い。レコードプレーヤーが鎮座するラック内のレコードや、書棚の古い書物なども興味深い。

テカリが出た床や螺旋階段の手すり、リペイントされた窓枠、仕事机などどれを撮ってもフォトジェニックである。それらを解説するボランティア女性のトークが面白く、織り交ぜられるジョークもキレがあってつい話にのめり込んでしまう。

調度品も実に素晴らしい佇まいだ。窓から降り注ぐ太陽光がそれを美しく見せてくれる。聞こえるのは階下を歩く人が軋ませる床の音と、通りを飛び交うツバメのさえずりだけ。

あちこちブラブラした後はワインの時間だ。気になっていたワイナリーに向かう。そこにある築140年の古民家カフェで甲州の白と豚しゃぶを味わう。「美味い」と思わず声が出る。舌と口腔、そして身体の中へワインが染み渡っていく。これぞ至福の時間である。開いている窓から心地よい風が通り抜ける。外は強烈な日射しだが、葡萄の生育に適した乾燥した気候のため過ごしやすい。もう一杯飲みたいがまだまだ歩かなくてはならないので切り上げよう。テラスでは女性のグループが少なくない数のボトルを空けて歓談中だ。実に羨ましい。

盆地の底から縁へ昇る。振り返ると夕焼けになるところであった。稜線と空の色づき具合が絶妙である。酔いはすっかり覚めたが、脳内でワインの香りを再生しつつ駅に戻る。時刻表を見るとまだ列車までは時間がありそうだ。たくさん歩いたので空腹感を覚えた。駅前に一軒だけある定食屋に吸い込まれ、焼肉定食を食べながら「次回はいつブラブラしにくるかな」と予定を考えたのであった。

三井 公一

プロフィール

三井 公一
1966年神奈川県生まれ。
新聞、雑誌カメラマンを経てフリーランスフォトグラファーに。雑誌、広告、Web、ストックフォト、ムービーなどで活躍中。
iPhoneで独自の世界観を持つ写真を撮影、その作品が世界からも注目されているiPhonegrapherでもある。
2010年6月新宿epSITEで個展「iの記憶」を開催。同年10月にはスペインLa Panera Art Centerで開催された「iPhoneografia」に全世界のiPhonegrapherの中から6人のうちの1人として選ばれる。
公式サイトはhttp://www.sasurau.com/
ツイッターは@sasurau

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