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目で見る星空風景のさらに深淵に
あるものを求めて

ART
20mm F1.4 DG DN
Special Impression

by 沼澤 茂美

※ 撮影データの記載なき写真は
SIGMA 20mm F1.4 DG DN | Art以外のレンズで撮影されています。

晴天の日中の1/400万というかすかな光を利用して情景を作り出す「星空風景」の撮影は、とにかく少しでも多くの光を集めるための大口径レンズ、そして高感度特性の優れたカメラが望まれる。星の光は露出時間を長くすればどんどん蓄積することができるので、長時間露出で撮れば良いように感じられるが、自然の営みはそれを許さない。私達の地球が自転しているため、星空は常に動いているからだ。赤道儀という特殊な自動雲台を使えば星を追尾することができるが、星を止めても、こんどは地面が動いてしまうため、目に映る星空の景観を見たままの雰囲気でとらえるには、露出時間は30秒以内におさめたいところだ。現在の進化したカメラとレンズの組み合わせは、そのような撮影を容易にしている。

星空の下に立つと、その広大さに圧倒される。特に夏の天の川が見えるときなら、その雄大さを表現し、地上風景との共演を図るためにはより広い画角が必要だと感じるだろう。一般に星空の撮影に使用されるレンズは14〜20mmの超広角レンズが多い。これらのレンズの明るさはF2.8~1.8が限度で、さらに明るいレンズが必要な場合はやや画角は狭いが24ミリが多用されていた。その常識を破ったのが2015年の20mm F1.4 DG HSM | Artの発売だ。24mmに比べ面積比で33%広い画角を獲得し、F1.4の明るさはより低い感度設定での撮影を可能にし、画質の向上に貢献した。特に、動きの速い流れ星などの撮影にはレンズの明るさが最も重要な条件となるため、非常に大きな成果を上げてきた。

今回登場したSIGMA 20mm F1.4 DG DN | Artは、ミラーレスに特化した設計であり、短いフランジバックによりレンズの大きさ、質量共に大幅に軽減された。何よりも特別なのは「星空の撮影に特化したと言えるほどの高い結像性能である」と謳っていることである。それは、「相当に自信があるレンズ」というシグマの自負するところがうかがえる。

なぜなら、星空は「無限遠にある理想の点光源」であり、レンズのどんな小さな欠点も表現してしまう最もやっかいな対象だからだ。よくいわれるのが、広角レンズに特有の周辺部のサジタルコマフレアだろう。本来は点像であるはずの星が、鳥が羽を広げたようにゆがんだ像を示す。この収差が写真の評価を決定する訳ではないが、星を撮る人にはとても気にする人が多いため、「星を撮る人はまず四隅から見て写真を判断する」などと揶揄するような台詞も生まれるほどだ。

驚くべきことにSIGMA 20mm F1.4 DG DN | Artは、このサジタルコマフレアは、絞り開放からほぼ完璧に近く抑えられている。目で見た星空がそのままに、星が隅々まで点像に表現されるのはなんて気持ちが良いのだろう。F1.4でのコントラスト、周辺光量、対逆光性能も申し分なく、安心してその開放性能を享受できるのは素晴らしいことだ。

F1.4がもたらす世界は、F1.8とは別の世界だと感じる。天の川のリッチな色彩階調、暗く埋もれがちな地上風景のディティールなどが、カメラの感度を上げなくても無理なく表現できる。そうやって表現する星空とその景観は、肉眼では見えない様相を多く含んでいる。かつては肉眼で見える星空の景観を写し撮るのは不可能な時代があったが、現在は、星明かりに照らされた夜の景色が、とても多彩で深い、昼間には決して見ることのできない夜独特の情景を見せてくれることに驚かされる。肉眼では見ることのできない淡い夜間大気光という光も明瞭にとらえられ、流れる雲と共に、今遭遇している景色が二度と再現できないこと、一期一会の出会いであることを実感させてくれる。

星空の撮影にはソフトフィルターが欠かせない。ソフトフィルターを使う意味は、デジタルカメラになって精鋭化する星像がもたらした新しいスタンダードと言える。フィルム時代にはイラジュレーションなどのフィルムの特性が、ほどほどに星の光を拡散してくれたけれど、デジタルカメラは点光源である星の明るさの違いをピクセル内の信号の量で記録し、面での膨らみが生じない。その結果、星の明るさの差が分かりづらく、1等星も3等星もほとんど同じ写りで星座の形がまったく分からなくなってしまうのだ。つまり、目で見た星空とはかけ離れた画像を作ってしまい、それが、デジタルカメラで撮った星空の大きな欠点となった。この現象を補正してくれるのがソフトフィルターなのだ。当初、ソフトフィルターは、レンズのフロントに装着するガラスのねじ込み式フィルターを用いるのが一般的だった。その後、より画角の広いレンズが多用されるようになると、フィルターによる周辺像のゆがみという問題に直面した。これはソフトフィルターのような拡散系のフィルターをレンズ前面に装着した場合に必ず起きる現象で、焦点距離35mm程度から広角になればなるほど影響は大きく現れる。これを回避するには、リア側に薄いフィルム状のソフトフィルターを使用するのが一般的な解決策だ。SIGMA 20mm F1.4 DG DN | Artは、フロントにフィルターネジが切ってあるが、リア側にもフィルターホルダーが完備されており、星を撮る時の重要な部分をきちんと考慮してくれている。たとえばリアにソフトフィルターを付けながら、フロントに水銀灯やナトリウム灯などの影響を軽減する対光害フィルターを併用することが可能なため、撮影領域の拡大に貢献しそうだ。

私は、水面に映る街灯の上空に横たわる北斗七星に遭遇し、何とか星々の存在感を高めたくて、すでに装着してあったリアのソフトフィルターに加えて、フロントに弱いソフトフィルターを加えて撮影してみた。もちろん周辺像のゆがみは承知しているが、拡散効果が増し、北斗七星の存在感を強調することに成功した。このような臨機応変の対応ができるのもリアとフロントにフィルターが使える本レンズの魅力といえる。

他の星空撮影に特化した機能として、1度合わせた無限遠のピント位置を固定しておける「MFLスイッチ」、レンズの結露を防ぐためにレンズヒーターをレンズの先頭に巻き付けるときに、不用意にレンズの画角がケラレてしまうのを防止する「レンズヒーターリテーナー」があげられる。日本は湿潤な気候なので1年を通してレンズ前面の結露や霜に悩まされる。特に長時間レンズを固定して撮影する流星撮影や蛍の撮影、タイムラプス撮影にはヒーターは必須となるため、このレンズで新しく装備されたレンズヒーターリテーナーという配慮は大変うれしい。

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ABOUT

沼澤 茂美

天体写真家・天文イラストレーター

天文宇宙関係のイラスト、天体写真の仕事を中心に、内外の天文雑誌、書籍の執筆、NHK天文宇宙関連番組の制作や海外取材を行ってきた。また、世界最大規模の星の祭典「胎内星まつり」の企画運営、神林村立(現村上市)天体観測施設「ポーラースター神林」・黒川村立(現胎内市)胎内自然天文館の建設監修を行なっている。ライフワークとして赤外写真、モノクロファインプリントの表現を追求している。2004年環境大臣賞受賞。