うつろう情景
THE SIGMA BF
Impression
Shot on BF
by オラ・リンダル|Ola Rindal
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オラ・リンダルは、目を凝らさなければ見過ごしてしまうような瞬間を捉える写真家です。2024年12月、現在の拠点であるパリと出生地であるノルウェーを往復する中で、彼はうつろいゆく情景の中にある人々や物事をカメラに収めました。
私たちは彼に、目を凝らさなければ見過ごしてしまうような、うつろいゆく瞬間を捉えてほしいと依頼しました。 2024年12月、彼は故郷のパリと出生地であるノルウェーを往復する中で、変化の最中にある人々や物事をカメラに収めました。
リンダルの作品は、初めてカメラを手にした人が撮った写真のような、偶然の産物かのような印象を与えるかもしれません。しかし、よく見るとそこには、確かな技術と明確な意図を持ったアーティストの姿が浮かび上がります。リンダルは、日常生活の偶然性の中に潜む瞬間をすくい上げ、捉えどころのない美しさへと昇華させます。
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「私は日常を題材に写真を撮ることが多いです。自分の周りに見えるもの、ということですね。子供たちを学校に送って行くときや、ただ歩いているときなんかにも。繰り返し目するものや、興味を惹かれるものがあれば、それを掘り下げて、そこから何かを作り出そうとします。直感的に惹きつけられるテーマのようなものを、日常の中に見つけるような感じです。」とリンダルは言います。
「目に見えているものを問い直す、という感覚です。例えばそこに車があり、木があり、家がある。そして人々が通り過ぎていく。そうすると、それらの間の空間に関心を持つようになりますよね。自分が話したいふたつの事柄の間に、たとえ適切な言葉はなくてもそれを与えようとする。つまり、先ほどの例で言えば、車でも家でも、その間にいる人でもないもの。それらの間になにか別のものが見えてくる。そんな感覚なのですが、伝わりますかね。」と彼は付け加える。「狭間に存在するもの。それがおそらく私が興味を持ち、魅了されてきたこと、言葉を持たないものに言葉を与えるということなのだと思います。」
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リンダルが捜すのは、一度きりの真実の瞬間です。「何か自分にとって面白いことが起こってほしい──木の枝に鳥が留まる瞬間とか、壁を照らす小さな光とか、突然空き地に現れたシカが生み出す魔法のような光景とか。二度と再現できないような情景を私は追い求めています。」
こういった瞬間は、リンダルにとってどこか神秘的なものです。「醜さのすぐ近くで美しさを見つける、ということはよくあることです」と彼は言います。物事の間で起こる緊張感や共鳴が、彼の写真にとっては不可欠です。それは、観る者の心に疑問を投げかけ、見慣れた物事を新たな光で照らし出します。
撮影した写真をまとめ、展覧会や写真集というかたちで発表する際、ストーリー性はあまり重視せず、リズムを生み出すことのほうを重視しているとリンダルは語っています。そのアプローチは詩集の編さんに似ています。「『感覚』を創造することが大切です。イメージをある流れに沿って並べることで、物語ではなく『気配』を作り上げるのです」
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リンダルが機材を選ぶ際の基準は、サイズと重さです。「良いカメラとは、持ち出すことのできるカメラだと言う人がいます。大きくてかさばる大判フィルムカメラにも優れた点はあるでしょう。しかし、それがいつも家に置いてあるだけなら、それほど役に立っているとは言えないですよね。そういう意味では、持ち出しやすい実用的なカメラというのは良いカメラだと思います。」
「私はいつでも、どこでも持ち運べる小型で軽量なカメラを使ってきました。比較的素早く、何かを見つけたときにすぐに撮影できるカメラです。」と彼は説明します。
「そして、レンズの焦点距離も長すぎず、短すぎずといったものが好みです。私は広角レンズ派ではありません。50mmが好きですね。いつも使うのは50mmと80mmの2本です。それ以外はあまり必要ないと感じます。ある意味、この2本の画角が私の世界の見方と一致している、ということなのかもしれません。」
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ノルウェーの田舎町リレハンメルで生まれ育ったリンダルの写真の冒険は、借り物のカメラと密かに手に入れた暗室の鍵からスタートしました。退屈な日常に暇を持て余した彼は、友人たちと一緒に学校の暗室に忍び込み、父親のカメラを使って写真の実験に没頭するようになるのです。「まるで『写真の虫』に取り憑かれたようなものです」。BFカメラでの撮影についてのインタビューで、リンダルはそう話しました。「私は引っ込み思案な性格だったのですが、写真は私の代弁者になってくれました」
写真以外のアートに手を出そうとは考えたこともありませんでした。写真にはしっくりとはまる何かがあったのです。「最初のうち、写真は自分の中にあるものを吐き出す手段でした。でも、やがて私は気付いたのです。自分の世界を、そしてそれが自分にどう見えているのかを伝えることこそが、写真の意義であるということに」
現在、リンダルはパリを拠点とし、有名ファッションブランドや雑誌の仕事に取り組んでいます。しかし、彼が心から喜びを感じられるのは、日常の世界を捉えることです──パリや東京のストリートであっても、雪深いノルウェーの田舎町であっても。
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ABOUT
オラ・リンダル
フォトグラファー
ノルウェー出身の写真家。フォーヴァンで育ち、現在はパリとフォーヴァンを行き来しながら暮らしている。これまでに10冊以上の写真集を出版しており、最新作『The Cloud, the Bird and the Puddle』は2022年にMolo Pressから出版された。彼の作品は、Purple、Self Service、i-D、SSAWなどのファッション雑誌や、The New York Timesなどのニュースメディアにも掲載。また、Actressなどのアーティストのレコードジャケットのデザインを手がけ、バレンシアガ、メゾン・マルタン・マルジェラ、ルメールなどのファッションブランドともコラボレーションしている。リンダルは、写真以外では表現できない日常の中の詩情を追い求めている。