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冬あたたかなる遠野の森

CONTEMPORARY
SIGMA 16-300mm F3.5-6.7 DC OS
Impression

by 大門美奈|Mina Daimon

カラマツはすっかり葉を落とし、遠野の森は明るい光が地面まで注ぐ。乾いた朴葉を踏みしめると、長靴の下で霜柱の感触。数日前に降ったであろう雪は日中の光で溶けて再びかたまり、こんぺいとうのような形をしている。指先でつまむとほろほろとほぐれてゆくその氷の粒は、あたたかな寝床のような苔に包まれて輝いていた。

わたしが探していた風景はここなのかもしれない。どこか懐かしさを感じる森だ。なぜ遠野にやってきたのかというと、それは偶然としか言いようがなく、なにかに導かれていたような感覚があった。

この森には馬がいる。牝馬が3頭、牡馬が2頭。はじめまして、と頭を下げるとかぶっていた毛糸の帽子をもしゃもしゃと食んで応えてくれた。「尾花栗毛」と呼ばれる毛色が美しく、しっかりとした骨格の馬。「尾花」とはススキのこと。なるほど、歩くたび右に左に揺れる長い尾は、風に吹かれるススキを思わせる。

ここで暮らす馬は生まれたときから人の手に多く触れさせることによって、触られて嫌なところをつくらないようにしているそうで、所謂「他人」であるわたしが触れても動じない。馬はあたたかい。脇のあたりに手を差し入れると、やわらかな皮毛から直にその体温が伝わってくる。毛並みに沿ってブラッシングをさせてもらうと、後ろ足の付け根あたりに大きな毛の渦があることに気づく。これはつむじのようなもので、この毛流れによって個体識別を行うのだとか。

馬の糞のことを「ボロ」という。季節によってその匂いも異なるのだそう。雪が溶け、ボロが土となる頃にはそこから新たな木の芽が出て森の一部となってゆくのだろう。

人が森に入ると、道ができる。その道を獣も使う。「この足跡はタヌキだね、ほら、ここで急に向きを変えているでしょう」と教えてもらう。

10年前、海の近くに引っ越して風向きや潮の流れに名前があることを知ったときのように、この森への「解像度」が上がってゆく。単に知識として知るのではなく、森を歩き、匂いを嗅ぎ、木々の間を吹き抜ける風の音を聞き、馬と接するうちに、身体が新しい空気を取り入れるようにしてこの森を「知って」ゆく。

森で過ごすには軽量でコンパクトなシステムが欠かせない。SIGMA fpLに装着すると24mmから450mmまでカバーできるこのレンズは、ときに遠野の森の一帯を、ときに薬師岳の尾根を、カラマツの枝の間から見上げる月を、また馬たちの背に舞い落ちる雪の結晶を写し出してくれた。

馬の瞳にはカメラを構えるわたしの姿が写り込んでいる。なるほど、撮ること、見ることは見られることでもあるのだなと改めて思う。初日はよそよそしかった馬たちの瞳も、帰る頃には少し親しげな光をたたえていたような気がしないでもない。遠野の森に滞在した数日間、このレンズのみで過ごして感じたいちばんの利点は負担がないことである。レンズ交換の手間もなく、重さからも解放され、それでいて必要な焦点距離のほとんどをカバーできるというのは、今回の旅のようなアクティブでコンパクトな装備が求められる場面では最も適したレンズだろう。︎

馬と並んで歩くようにゆっくりと、しかしながらテンポよく思い描いたとおりの画角で目の前の風景を心に刻んでゆく。そういえば「道草を食う」とは歩行中に馬が道端の草を食べて一向に進まないというところから由来しているのだそうだ。まだ知らぬ世界を身体をもって知るために、このカメラとレンズと一緒ならいくらでも道草を食おうじゃないか。

撮影協力
クイーンズメドウ・カントリーハウス
一般財団法人ハヤチネンダ

about

大門美奈

フォトグラファー

写真家。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーションや、WS講師、雑誌・WEBなどへの寄稿を行っている。2011年開催の『Portugal』以来、個展・グループ展多数開催。代表作に『浜』『新ばし』、同じく写真集に『浜』(赤々舎)など。SIGMA dp3 Quattro ユーザーとして多くの作品を撮影。海外や日常のスナップのほか、日本の伝統美や陰影の表現を得意とする。創作活動については SIGMA ウェブマガジン「SEIN」、SIGMA dp Photo Gallery などでも紹介。