IN AMERICA
THE SIGMA BF
Impression
Shot on BF
by 長坂フミ|Fumi Nagasaka
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好奇心と共感に満ちた写真作品を通して、長坂フミは旅先で出会った人々や彼らと過ごした時間を親密な距離感で描写しています。
アメリカ在住の日本人アーティストである長坂は、独自の視点を作品づくりに活かしています。興味を持ったコミュニティの中に深く入り込んで行う制作スタイルにより、そのプロジェクトの多くは数年間にわたります。『Marching Wolves』(2022年)や『Dora, Yerkwood, Walker County, Alabama』(2023年)などの写真集に収録されたそれらのプロジェクトには、被写体をより深く理解し捉えたいという長坂の強い思いが反映されています。
ここで紹介する作品は、アメリカに暮らす人々の日常生活を捉える現在進行形のシリーズの一環として撮影されたものです。2024年12月にニューヨークとテキサスで撮影されたこれらの作品は、親密な絆を感じさせる温かみのある瞬間が映し出され、どれも共感あふれる彼女の写真へのアプローチを反映しています。
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「2016年の選挙をきっかけに、私はニューヨークや大都市以外のアメリカについて、実はあまりよく知らなかったことに気づかされました。それ以来、長年暮らしてきたこの国で起こっていることに、より注意を払うようになったのです。」と長坂は語ります。
「アラバマでこのプロジェクトを始めたとき、道の向かいに住んでいた友人はアメリカのとある小さな町の出身でした。彼女は自分が育った場所に私を連れて行ってくれました。彼女が居なければ、私はアメリカのそんな小さな町には到底たどり着けなかったでしょう。私はこの国の出身ではなく、日本から来たのですから。」
「ニューヨークの人々は写真に慣れ親しんでいますが、小さな町の人々はそうではありません。」と長坂は言います。「彼らは学校のアルバム用など日常的なイベントのために写真を撮ったことはあるかもしれませんが、大都市のように写真が生活の一部に溶け込んでいるわけではありません。だから、最初は信頼してもらうのに時間がかかりました。私がお金を取るんじゃないかとか、あるいはネットで写真を売るのではないかと、多くの人に警戒され断られたのです。そのような状況だったので、とにかくまずは人々との信頼関係を築く必要がありました。そういった意味で、ただ写真を撮る以外にもするべきことがたくさんあり、このプロジェクトは私のライフワークになりました。私にとって、これは単に写真を撮るという枠組みを超えたものになったのです。」
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長坂は、撮る対象に心からの興味を抱くことが、自分にとって不可欠だと語ります。彼女がプロジェクトに多くの感情的なエネルギーを注いでいることを、作品からも感じ取れます。
「私は常にオープンな姿勢でいますが、個人的なプロジェクトを始めるにはインスピレーションが必要です。誰かに何かを指示されたなら、それは仕事です。個人的なプロジェクトは、自分のビジョンに沿ったものでなければなりません。ですから、常に挑戦できる環境に身を置き、まずは様々な経験を積むことで、自分自身が長期のプロジェクトを始められるかどうかを見極めるようにしています。何年も続くプロジェクトが好きなので、取り組むからには、本当に深く掘り下げられるものでなければならないのです。」
長坂自身が撮影において常に心がけているのは、被写体となる人々と撮影者である自分との間にある垣根を取り除くことです。「私は、写真を撮る人間、『写真家』として見られたくありません。本物の友人同士になり、一緒に同じ時間を過ごすことで、彼らの素顔の姿を捉えたいと思っているのです。多くの場合、彼らは緊張したり、何か特別なことをしなければならないと感じたりしてしまうので、信頼を得ることはとても重要です。」
彼女は写真家として、どこに美しさを見出しているのでしょうか?「美しさは内面から生まれるものだと思います。私は人々や彼らの人生の物語に興味があります。私はストーリーテラーであり、私が撮影した人々の、その内面にある物語を伝えるのです。それが私の考える美しさです。」
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長坂が写真家になったのは偶然の成り行きでした。日本の高校を卒業した後、長坂はホテル経営と観光業を学びますが、クリエイティブな仕事をしたいという思いも捨てられずにいました。そして、旅行でニューヨークに滞在していた時、その人生に大きな転機が訪れます。
「写真家になるためにニューヨークに来たわけではありません。クリエイティブな分野で自分にできることを見つけることが旅の目的でした」と長坂は振り返ります。そして、ルームメイトを探していた日本人美容師と同居することになるのですが、彼が持っていた日本の雑誌『ストリート(STREET)』のバックナンバーが長坂の目に留まります。それは、海外のストリートファッションやカルチャーをテーマにした雑誌でした。『ストリート』のバックナンバーで取り上げられていたのは、すべてロンドンのカルチャーでした。
自分が今暮らしているニューヨークのストリートライフこそ、この雑誌にぴったりなのではないかと考えた長坂は、編集者に連絡を取り、そのアイディアを伝えました。チャンスを与えられた彼女は、ニューヨークの街で人々を撮影します。その写真が編集者の眼鏡にかない、写真家としての仕事がスタートすることになるのです。
初めから写真に関わる仕事をしようとは考えていなかったものの、写真という表現自体への愛情に自然と導かれることで、今や彼女の人生に不可欠な一部となっています。現在、長坂は『The New York Times』や『New York Magazine』『Vogue』といったメディアから、ルイ・ヴィトン、ディオールといったブランドまで、様々なクライアントワークを行っています。それでも、最初に長坂を写真に惹き付けたもの、すなわち人々と出会いつながりたいという思いは、常に変わらずそこにあります。
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ABOUT
長坂フミ
フォトグラファー
ニューヨーク在住の日本人アーティスト。4冊目の写真集『Dora, Yerkwood, Walker County, Alabama』は2023年にGOSTより出版され、作品は2021年と2023年にロンドンの国立肖像画美術館で開催されたTaylor Wessing Photographic Portrait Prizeの展覧会に選出された。長坂の作品は、The New York Times、The New Yorker、The Atlantic、New York Magazine、Vogue、AnOther、Dazedといったメディアに掲載。Google、ルイ・ヴィトン、ディオールといったブランドを含む様々なクライアントの依頼を受けて写真撮影を行っている。長坂は2019年のBelfast Photo Festivalの受賞者でもあり、写真を通して、人々、場所、文化を探求している。