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85mm F1.4 DG HSM | Art Impression
シグマの現在を表す「Artライン」から
遂に85mm F1.4が登場。
他のプロダクトラインと比べて、Artラインのレンズだけにシグマの思い入れがあるわけではない。しかしArtラインは、写真好きが一度は手にしたくなるスペックであり、いわゆる夢のあるレンズが並ぶ。そんなコンセプトのプロダクトラインだ。人は夢を追い求める。光学機器メーカーとして追い求めるものが、いわばわかりやすく具現化するのがArtラインであり、それを見ることで現在のシグマが推し量れる。85mm F1.4といえば、写真好きであれば一度は手にしたいレンズだ。プロダクトラインのコンセプトが打ち出された時から、リニューアルが予見されたレンズだが、手にするのが本当に楽しみだった。詳しくは本ページの商品詳細説明に譲るが、それらを見る限り、注ぎ込めるものはすべて注ぎ込んだといった印象だ。
85mm = Portrait “肖像画”
その意味をいま一度考えてみる。
ポートレートという言葉からは、アーティスティックな雰囲気を感じとる人が多いだろう。しかし、そのいわゆるポートレートで用いられるレンズは、実は85mmだけではない。ジャンルー・シーフのように21mmで切り取る作家も居る。人物と背景を写し込める35mmを用いる者も居れば、それよりも少し人物にクローズアップできる50mmを用いる者も居るだろう。我々はこの数多くの焦点距離で撮られたカットを見て、ポートレートというものを解釈している。しかし、最短撮影距離85cm、水平画角28.6度、開放F値1.4。このレンズで人物を撮るのであれば、その素性からも、まず「真っ直ぐ」撮るのが一番だろう。つまり、ポートレートの直訳「肖像画」だ。そして、真っ直ぐ撮ったものに、レンズが何を添えてくれるのか。まずはそのことを試してみたい。
知る表情は、日常の中にこそある
身近な人を撮る、撮り重ねていく。それがどんな機材であったとしても素敵なことだと思うが、本レンズのような85mm F1.4という大口径単焦点レンズで日常を捉えているとすれば、手放しで「恰好いいな」と感じてしまう。近しい関係だからこその距離、そこに開放で真っ直ぐにシャッターを切れば、特に何をするわけでもなく上のようなカットになる。写真やカメラに詳しいわけではない人にとって、もうこれだけで特別なカットだ。そして、日常の中にあなたが知る相手の表情があり、そこに寄り添っている。きっと、その知る表情を捉えようとフレームするはずだ。そうして真っ直ぐ捉えられたカットは、仮に他の人が撮ったとしても、なかなか敵わないのではないかと、そう思うのだ。なぜなら、シャッターを切った人の記録であり記念だからだ。別の距離感である他人が撮ればまた違ったものになるだろう。このレンズは真っ直ぐ撮ったその画に、さり気ない演出を添えてくれる。どこまでもリアルに写る根源性能の高さと、ボケ味の美しさで。
ほんの、ひとコマ。そう近しい人でなければ、目がしっかり開いたカットを撮ろうとする。実際そうも撮った。面白いもので、少し降りた瞼、そんな表情こそが脳裏にあるものだ。なぜなら日常に”ポーズ”はない。ただ連なる時が流れていく。日々のそんなシーンにレンズを向けるということは、豊かだなと思う。
35mmや50mmのように、人物とその背景を同時に写し込むのは、かなり引いた撮影でないと難しい。85mmとなるとそれなりの圧縮効果も出れば、被写界深度もかなり浅くなるため、背景に何が写り込もうとも、どのみち人物がクローズアップされる。したがって、85mmに筆者が求めるものは、いかにその人物が纏う空気を写しとめてくれるかだ。写しとめてくれるかというよりも「添えてくれるか」のほうが適当かもしれない。モデルは、ニューヨーク在住のピアニスト、小池美奈さん。人前に出ることはあっても撮られることが仕事ではない。ポーズではなく、ふいに髪をかき上げた。晩秋の透き通った光の中で燦めく背景。あの日見た光景そのままだ。ピークのキレと、後ボケの美しさがそのときの記憶に何か一つ、添えてくれるのだ。
少し辺りを散策。陽の光に温もりを感じつつも、凍える気温。手前よりも光が差し込む、奥側の目にピークを持って行く。当時の空気感がよく伝わる。このフレームであれば、そこそこの距離があるのはお分かりいただけると思うが、それでも手前は明らかにボケる。しかし、一気に抜けるようなボケではなく、量感が伴う。だからこそ意図通りに写ったのだろうと思う。
外での撮影が終わり、カフェでひといき。温もりに包まれて、ようやくメニューに手が伸びる。明確な指示を出して切ったのは冒頭の1枚だけ。角度によっていろいろな表情を見せてくれる人だと感じて、1枚だけはそうして切ったのだ。あとは真っ直ぐ、そのまま撮った。彼女にとっても、おそらく日常とさして変わりのないひとときだったと思う。ピアニストとして、それ相応にレンズを向けられてきたと伺った。その撮影からすれば、なんとも適当で、拍子抜けする撮影だったろう。
美しい像を結ぶレンズである。
いま目の前の人を、こんなレンズでこそ捉えて欲しい。
小池美奈(こいけみな)> WEBサイト
ピアニスト。NYと日本それぞれを拠点に活躍。NYUで研鑽を積むと同時に、同大にて非常勤講師を務める。
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TELEPHOTO
85mmをフィールドに持ち出す。この焦点距離の画角で遊ぶには、二つのアプローチが面白いと思う。ひとつは「時を凝縮する」こと。もうひとつは「時の流れを写す」こと。
50mmのように、広角も望遠も騙ることができるような鷹揚さは85mmにはない。反面、いわゆる切り取り感の強い画になる。それがシーンをクローズアップし、時を凝縮したような画を演出してくれる。また、導線を描く意識をフレームすれば、時の流れを演出してくれる。85mm近辺だからこその面白さだと思う。
コラージュのようにフレーム内にありとあらゆる情報を鏤めるのも写真の面白さの一つだろう。85mmなら省略と抽出による画作りの面白さもある。
大きな景色といえば、広角の独壇場だと思われがちである。しかし、実際のところは85mm近辺の中望遠からが最も使用頻度が高い。絞りを開けて撮ると、なかなか面白い。
望遠側のレンズを選ぶ際に、70-200mm F2.8が第一選択として浮かぶことが多いと思う。しかし、85mmが持つ画角には独特の世界があり、昔から存在する以上、そこには何かがあるのだろう。F1.4という大口径がもたらすものも写欲をかき立てる。レンズを手渡された際のコメントに、並々ならぬものを感じた。徹底的に開放で撮ってみようと考えた。それに耐える性能の高さに舌を巻いたが、何より撮影が楽しかった。王道的にポートレートに用いるもよし、その他の使い道も多々ある。いずれにしても、こんなレンズが手元にあればカメラを握りたくなる。